本当に大事な事は、こっちでしか書けないんです。
みんなに伝えるべきじゃない事は、こっちに書きたいんです。
いよいよ、3年という月日が経ってしまいました。
19歳の私は、まだ生きています。
忙しくしていないとダメな体質にはなってしまったみたいだけど、
それでも人並みに普通に生きる事ができているのです。
16歳でストップしたかのように見えた自分の人生。
自分が自分らしくいられなくなっても、
人は生きる事ができるんだと証明できた3年間だった気がします。
…言い過ぎかな。
この絶望の3年間にも、たくさんの人に出会ってきました。
そして、その出会いは私を支え、変えてくれるものばかりだったような。
死んだように生きる事しかできなかった日々は、真っ暗でした。
そこに、眩しい光のように手を差し伸べてくれた、大切な先輩。
いつしか、もう思い出せないくらい遠い出来事になっていました。
これは、幸せな事なのか、その逆なのか…。
ただただ、私はあなたの幸せを願っています。
自分には何も無いと思っていた日々に、刺激を与えてくれた先生。
新しい居場所と行動範囲、コンパスと地図をくれた先輩。
全てを受け止めて、前を向いて進む力をくれた友人。
ありのままを好きになってくれた人たち。
もちろん表面だけを見られて苦い思いをした事だってありましたが、
全ての出会いと別れ、経験と時間が私を成長させてくれました。
全ての始まりも、終わりも、鮮明には思い出さずに3年を越えてきて、
思いのほか、悲しみや痛みは忘れてしまったように思います。
たったひとつ残ったものは、得体の知れない黒い鈍痛。
これが心の中で「迷い」を生む一番の原因のようにも思えるこの頃。
未だに突然泣きたくなったり、戻りたくなったり。
振れ幅の大きなブランコみたいに、いったりきたり。
だけど、いつしか明るくいられる時間の方が増えてきた。
美しいものに触れたとき、私は自分の中に“あの暖かさ”を感じる。
痛々しいものに触れたとき、私は自分の中に“あの冷たさ”を感じる。
優しいものに触れたとき、私は自分の中に“あの愛おしさ”を感じる。
でも、表情も、触れた感触も、声も、髪の感じも、まつ毛の伸び方も、
全てが、ぼんやりぼんやりとまるで霞の中に消えていくようなのです。
もう会えない。
そんなことは3年前から痛みともに知っていた事です。
私は本気で空っぽになったし、死んじゃいたいと思ったし、
これまで生きてきた人生の中で、一番泣いた出来事だった。
でも今日までの日々、私はなんだかんだで生きてきた。
私が起こしてもらった最大の奇跡はこうして生きている事だろうなあ。
私は、去年あたりから、こうして彼を逃げ場に生きていくのは
3年間だけにしようと決めていました。
だから、今日までは全ての思いを「彼」にぶつけてきました。
なにもかも。本当に自分に起こる全ての事を。
でも、今日からはそうはいかないんです。
私は今日、こうして生きてこれた奇跡をちゃんと抱きしめて、
新しい日々を綴っていきます。
誰のものでもない、自分の人生を生きていきたいと思います。
でも、ひとつだけ、夢だけは残しておきます。
二人で見たあの夢だけはきっと、きっと叶えます。
まとまらない文章だけど、
本当に感謝しているんだってことを伝えられたらいい。
私は、生きている。
きっとあなたが与えてくれた沢山の奇跡みたいな出会いに支えられて、
今日までこうして生きてくる事ができた。
教えてくれた事を忘れない。
輝くその姿から学んだことの全てを忘れない。
本当にありがとう。
何度言ってもきっと足りないくらい、ありがとう。
依存して苦しませるのは昨日が最後だよ。
もう大丈夫だと思うから、自分で進んでみる。
でも、最後に一言だけ。
私たちが離れてもつながれるように、大切な言葉を。
愛しているよ。
2010,8,6